とは、ボコノンを開祖として、サン・ロレンゾに広く流布している宗教である。その教義の内容は、一言でいえばニヒリズムである。われわれはわれわれの周りにある矛盾に満ちた現状を受け入れなければいけない。しかしそれは現状に絶望することを意味するのではない。現状を認めつつ希望を持って生きる、そのための支えになる概念がフォーマなのである。
ボコノン教の成り立ち
ボコノンの書
カリプソ
ボコノン教用語
このページの内容は
「猫のゆりかご」CAT'S CRADLE
カート・ヴォネガット・ジュニア Kurt Vonnegut,Jr
伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫
から引用しています。
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ボコノン教の成り立ち
海が怒って放りだした一ぴきの魚
ライオネル・ボイドジョンスンの知識欲にはなみなみならぬものがあり、一九一一年には、レイディース・スリッパーと名付けたスループ(一本マストの帆船)で、単身トベーゴからロンドンへと出帆した。目的は、より高度の教育を受けるためだった。
ジョンスンは、ロンドン大学政治経済学部に入学した。
学業は、第一次世界大戦の勃発で中断された。ジョンスンは歩兵隊にはいり、勲功をたてて戦地で将校に任命され、殊勲報告には四回名があげられた。そしてイープルの二度目の戦いで毒ガスにやられ、二年間の入院生活ののち退役となった。
これを機に、彼はふたたび単身レイディース・トリッパーに乗り、今度は故郷のトベーゴへと船出した。
故郷まであと八十マイルというとき、ドイツの潜水艦U-99が彼の船をとめ、乗組員が船内の捜索に乗りこんできた。彼は捕虜となり、持船はドイツ兵の射撃演習に供せられた。その後、潜水艦は浮上航海を続けたが、イギリスの駆逐艦レイヴンの奇襲攻撃にあって捕獲された。
ジョンスンとドイツ人たちが駆逐艦に引きあげられると、U-99は沈められた。
レイヴンは地中海にむけて航海中だったが、そこへはついに行きつかなかった。操舵装置が故障してしまったからである。それは、ただ海上をあてもなく進むか、巨大な時計回りをえんえんと続けるだけであった。やがて艦は、ケープ・ヴェルテ諸島にたどりついた。
(以下略)
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ボコノンの書
- 冒頭
- わたしがこれから語ろうとするさまざまな真実の事柄は、みんなまっ赤な嘘である。
ボコノン教徒としてのわたしの警告は、こうだ。
嘘の上にも有益な宗教は築ける。それがわからない人間には、この本はわからない。
わからなければそれでよい。
- 第1の書5節
- フォーマを生きるよるべとしなさい。それはあなたを、勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする。
- カラースについて
- もしあなたの人生が、それほど筋のとおった理由もないのに、どこかの誰かの人生とからみあってきたら、その人はおそらくあなたのカラースの一員だろう。
人はチェス盤をつくり、神はカラースをつくった。
- 馬鹿
- ロード・アイランド州のニューポートにいたころ、わたしの知りあいに監督教会派の婦人がいた。その婦人はグレートデンを飼っており、ある日わたしに犬小屋を作ってくれと頼んできた。彼女は、神と神のみわざをことごとく理解していると日ごろ公言していた。人がどうして過ぎたことや将来のことを思いわずらうのか、さっぱりわからないと言うのだった。
ところがさて、こんなところでどうかと犬小屋の青写真を見せると、彼女は言うのだ、
「ごめんなさい。こういったもの、わかったためしがないのよ」
「では、ご主人か牧師さんに頼んで、神様に渡してもらうんですな」と、わたしは言った。「暇ができれば、神様はきっと、あなたみたいな人にもわかるように、これを説明してくれますよ」
わたしはクビになった。わたしはこの婦人のことを忘れない。神のお気にいりは、モーターボートに乗る人たちよりもヨットに乗る人たちのほうだ、と彼女は信じていた。彼女は這う虫を非常に嫌った。見かけようものなら悲鳴をあげた。
彼女は馬鹿だ。そう言うわたしも馬鹿だ。誰であれ、神のみわざがどのようなものか知っていると思う人間は、みんな馬鹿なのだ。
- 都市
- おお、神よ、何と醜いのだろう、ありとあらゆる都市が!
- 目がまわる
- 目がまわる、目がまわる、目がまわる
- 皇帝
- 皇帝なんぞ気にするな。世の中が本当はどうなっているかなんて、皇帝はなんにも知っちゃいないのだから。
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カリプソ
カリプソとは、ボコノン教の教義をわかりやすく伝えるため、ボコノン自身がつくった歌である。
- 第53番
- おお、セントラルパークで
居眠りしている酔いどれも
昼なお暗いジャングルで
ライオン狩りするハンターも
それから、支那の歯医者さん
イギリスの女王様−−
みんなそろって
おんなじ機械のなか
ナイス、ナイス、ヴェリ・ナイス
ナイス、ナイス、ヴェリ・ナイス
ナイス、ナイス、ヴェリ・ナイス−−
こんなに違う人たちが
みんなおんなじ仕掛けのなか
- ぐるぐる回る
- ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる回る
錫のつばさと鉛の足で
- グランファルーン
- グランファルーンを見たいなら
風船の皮をむいてごらん
- モンザーノ
- ”パパ”モンザーノはわるいやつ
だけど”パパ”がいなければ
おれはきっと悲しいだろう
だって、悪者の”パパ”なしで
このごろつきのボコノンが
善人面できるわけがない
- 第14番
- 昔のおれは陽気なあくたれ
酒はくらうし女の尻は追いまわす
まるで若いころの
聖オーガスティンみたい
聖オーガスティン
やつは聖者になったんだ
おれももしかして、なるんだから
ねえ、ママ、気絶しないで
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ボコノン教用語
ボコノン教には、その教義にある特殊な概念を表すための用語が数々ある。
- フォーマ
- 無害な非真実。
- カラース
- 民族や制度や階級などに全くとらわれない、神の御心を行うためのチーム。
- カンカン
- 人間をカラースに組み入れる道具。
- シヌーカス
- 人生の巻きひげ。カラースのメンバーと接触すること。
- ワンピーター
- カラースの軸。物質的なものも概念的なものもあらゆるものがワンピーターとなりうる。カラースのメンバーの魂が、ワンピーターの周りを渦状星雲の壮大な混沌さながらに精神的な軌道を描いてまわる。
- ヴィンディット
- ある人間が、ボコノン教の方向へ突然一押しされること。つまりあなたがこの文書を読んでいること。
- ランラン
- 人びとをある思索の路線からそらす人間のこと。ランランは自分の生活の中から範をたれて、その路線を打ち消し、馬鹿げたものにしてしまう。
- デュプラス
- 二人だけで構成されるカラース。デュプラスのメンバーの一方が死ぬと、残りも一週間以内にあとを追うことになっている。
- グランファルーン
- 神がそうあらしめているのではなく、人間が勝手に作り上げた間違ったカラース。例としては、共産党、アメリカ愛国婦人団体、ジェネラルエレクトリック社、あらゆる時代のあらゆる国家。
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