作者の履歴と作品の紹介

一條裕子
1967年4月14日、宮城県生まれ。武蔵野美術大学短期大学グラフィック・デザイン科卒業。アシスタントを経て、1992年にデビュー。趣味は、読書料理「地味な生活」。座右の銘は「柳に雪とか風とか」。チャームポイントは機能美にあふれた手の甲と、アールヌーボー的曲線を描く足のウラ
「わさび」
1994.4〜1997.3、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)連載。第一集(1995.5)、第二集(1996.6)、第三集(1996.11)、第四集(1997.7)刊行。日本の古き伝統的家庭、帯刀家が舞台。家族構成は、当主・帯刀隆太郎、歳の離れた妻・絹子、一人息子・隆之介、住み込みの手伝い・小原ふみである。主に描かれるのは帯刀家のシュールな日常である。テレビがないような古風な生活スタイルは現代人の目からは大きなギャップがあるが、一方ではその家の中でしか通用しない常識というものはあらゆる家庭に存在するものであり、誰しも成長の過程でよそと違うことを発見するという覚えがある筈である。それにしてもやはり帯刀隆太郎をはじめとした面々のピントのずれた観念思考はたまらない。読者は小原ふみとともにそれに取り込まれていってしまうのである。さらにさまざまな実験的手法も大きな見どころである。
「末広町35番地」
1994.5〜1997.3、「COMICアレ!」(マガジンハウス)連載。1997.5、単行本刊行。東西の童話を題材にして、現代の末広町35番地にある団地を舞台に、翻案した連作集。童話の登場人物が団地の住人となっている。パロディではあるのだが、単に移行という作業だけを行っているのではなくて、一旦物語を完全に分解している。あたらしいストーリーは不条理もののようでありながら構成を持ち、寓意があるようでナンセンス、という奇妙なもの。しかしその中でギャグ・センスは冴えていて知性を感じさせる作品である。
「静かの海」
1996.12〜1998.1「まんがガウディ」「まんがアロハ!」(ぶんか社)連載。1998.12、単行本刊行。 静かの海とは月にある地形の名前(Sea of Serenity)である。独り暮らしの老人木村しづの生活と、 その家を訪れる孫娘梢子の姿を、さまざまな家具の視点から描く。 毎回違った物に語らせる手法は丸山健二「千日の瑠璃」にも見られる。 全体小説的に情報を補完させて、しづとその周囲のの生活が手に取るように分かる。 ここでも一條裕子は、誰しも心当たりがありながら人前で口に出されることのない 事ごとを美事に捉え、可笑しさと同時に読者の心を暖かくする。
「2組のお友達。」
1997.10〜1999.4、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)連載。1999.6、緑の本、橙の本刊行。舞台は過疎化した土地のお山の分校。生徒が二人しかいない教室にはなぜか老人がたむろしている。そこへやってきた新任の女教師。彼女の運命はいかに。独特の可笑しみは健在。深刻な高齢化問題、過疎化問題を描きながらも、現場の人々はひたすら明るく暮らす。
「犬あそび」
1999.9〜2000.7、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)連載。2000.7、単行本刊行。ヒサツグ文筆家。大家さんのところには娘のねねさん、孫娘のののちゃん、飼い犬のとぽぽんがいる。ヒサツグは犬が飼いたくてしかたない。犬嫌いの母の元を離れ、縁側付きの離れに間借りして、条件は整っているにも拘らず、大のネコ好きの担当編集者小出君や、自らの妄想に妨害されて、なかなか飼うことができないでいる。ついに犬を飼うことのないままに、ここまで形而上の思索を展開できるのは一條裕子の技量の真骨頂である。
「必ずお読み下さい。」
2000.3〜2002.5、「鳩よ!」(マガジンハウス)連載。2002.10、単行本刊行。 各種製品の取扱説明書に見られる注意書きの数々は、ある種のクリシェとなっている。それらを各話のタイトルに据え、主に製品向けのそれを人に対して適用することにより奇妙な話を繰り広げる。あるいは「裏ぶたを開けないでください。」をはじめとして野菜に適用する「高知の東山さんが作ったナス」シリーズ。取説の文句をテーマに、という構造の枷を自らにはめた中で見事にシュールリアリズムを展開する。その一方で、または同時に、ノスタルジックでオーソドックスな切ない話を描いてゆく。私達は断固一條さんを支持します。
「思ひ出の記」
2003.10、ヒヨコ舎より刊行。 幼くして両親と別れ、職や住まいを転々とし、一徹な気性であるがゆえに、他者との摩擦も多かった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。彼にとって、一条の光となった妻・小泉節子。 日本を愛し、己を偽ること無く不器用に生きた小泉八雲を優しい眼差しで見守り続けた妻節子が綴る、日本、怪談、そして家族。 一條裕子が挿絵として切り絵を作成。表紙は切り絵とイラストと千代紙のコラージュ。和紙を画材として使うなどの一條裕子の情緒ある画風を生かした美しい本が作られている。
「すてきな奥さん」
2003.12、フリースタイルより刊行。「俺についてこい」「蔵野夫人」の二つの雑誌掲載作品に描き下ろし「すてきな奥さん」を加えて単行本化。別々の作品が「すてきな奥さん」によってリンクされる構成となっている。吉田家ではほとんどの時間、嫁と舅しか家にいない。課長となった義父とOLよし江さんは、さまざまな家事を会社ごっこのようにしてこなして行く。しかしその役割はいつしか・・・。蔵野家は大きなお邸。隣りに越して来た若奥さんと蔵野夫人との交流が始まるが、蔵野夫人は触っちゃいけない人だった。ご主人のシュールな話を長々と長々と聞かされる日々が続いた末に、ついに目にすることになった蔵野氏の姿は・・・。実は隠されている蔵野夫人のドラマが美しい。
「スワンパン」
2006.6、小学館より刊行。スワンパンとは算盤の中国読み。戦隊モノに憧れる小学生タケウチは、ソロバンを使い不埒な若者から女性を救う老人白鳥に出会う。そしてタケウチはソロバンレンジャーになるために白鳥のソロバン教室に通い始めるのだった。検定や競技会やソロバン賭博などソロバンの知られざる世界を紹介しつつ、タケウチは修行に励むもののソロバンの腕は上がらない。メガネを取ると美少女のヨシザワ、悪の親玉ゾロバンヌ男爵、ソロバンにこだわる発明主婦サトミなど多彩でおかしな人々の描きながら、タケウチは成長していく。
「貂の家。」
2007.5、小学館より刊行。貂アキマサはエゾクロテン。昔人間と暮らしていたことが自慢であり、文化的生活を送っている。一戸建ての家を構え、和服に身を包み、文化的であることについて様々な理屈を捏ねている。しかし実は、その生活は妻ミハルの妖術によって支えられている。娘チナツは人間で言えば女子高生であり、セーラー服を着、野生の貂に恋をする。双子のふーちゃんとゆーちゃんはペットを欲しがり、月から来たウサギの兄妹と悶着を繰り広げる。あらゆる局面で文化的であろうと足掻くアキマサの姿は、現代社会に生きる人間を風刺しているわけでもなく、ひたすら空論を愉しむためのものである。

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